素晴らしきかな、人生。人それぞれの救い

 

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※ネタバレ注意
 
映画「素晴らしきかな、人生」を見てきました!
どうもはとです!
映画の感想とかブログで書いてみたかったんですよねー!!

 

ぽいですよね笑
 
はい
 
この映画は受け入れがたい現実を何とか自分なりに抵抗しつつ受け入れたいと願う人に見て欲しいです。
 
 
 
ですがこれ言ったらあれですがなんか
某俳優が宗教団体に救いを求めて引退したのと重なる
 
あ別に私は宗教臭いのが悪いとは思いません。事実臭かったと言うだけです。
他人に迷惑かけなければ信仰は個人の自由なんで
迷惑なら別です。
 
それに救いの1つとなる人がいるからこそ集合体としての形が成り立つのでしょう。
 
この映画は文学的な側面も見せており解釈に難しい部分もありましたが総合的には普通ですね。無理な展開もあります。現実的にではなく心理的に。そこなんだよなぁ
 
 
 
資本主義にも懐疑的ですが無宗教なんで心の救いとか分からんのですよ。
 
どんな喪失も結果も受け入れるより他はなく救いなんてありません。
失ったものはどんな心の区切りをつけても元には戻らないのです。
 
それでも笑うことができます。
 
 
●人にとっての救いとは
 
あらすじ
ニューヨークの広告代理店で成功を収めた主人公ハワード。しかし彼は最愛の人を失い、深い喪失感に見舞われ、プライベートも仕事もやる気なし。この会社はハワードのカリスマ、人脈で成り立っていたので会社も危機に。そんなハワードと会社を心配していた3人の同僚たちの前に奇妙な舞台俳優が現れハワードに微かに変化が・・・
 
ハワードは人生において3つの重要な要素があると言っていました。
①愛
②時間
③死
の3つです。彼曰くこの3つから逃れなれない。
 
ちなみに私は愛を失いました。
フラれたことがあります笑  これが愛の喪失か!!笑 いや違いますね。
 
 
人によって同じ目にあっても苦しみ方や救われ方は違います。
 
 
 
心が追い詰められた時に宗教に救いを求める人
 
金銭問題で闇金に救いを求める人
 
戦火から逃れるために亡命する人。または救うために戦う人
 
現状から解放されるために死を選ぶ人
 
 
救われた結果も死であったりとりあえず生還することであったり
他人の価値観にすがることであったり様々です。
 
ハワードの場合は心的ダメージが深刻でしたので回復の要因は様々で
徐々にと言う感じなので一概にどれとは言えないですが
 
1番始めのきっかけは「愛」「時間」「死」に手紙を書き
それぞれに出会い会話することでした
 
意味不明ですね
私の頭がおかしくなったわけではないですよ笑 
 
 
 
 
あ、ちょっとおかしいかも
 
 
●「愛」「時間」「死」との出会い
 
 
何を言ってるかのか分からねーと思うがハワードも何が起きたのか分からなかった・・頭がどうにか・・・
 
いや気にしないでください笑
 
 
えー本題ですが
 
この3つとはそれぞれを演じた舞台役者です。
詳細は省きますがハワードの親友でもある同僚が偶然いい広告文章を提案してくれた女性を気に入り
 
そして追いかけた先の稽古場にいた3人を同僚3人組【内1人が親友】が「ハワードを救うために愛、時間、死に扮してなんでもいいから影響を与えてくれ」と交渉します。
 
3人の舞台役者は了承しハワードに接触していくことになります。
 
 
これがハワードの救いのきっかけとなったのです。
 
娘がなくなる前のハワードなら概念が人として現れてもこいつらイカれてんなと相手にしないでしょう
 
しかし
ハワードは今自分が前と同じ状態ではないと自覚しています。
なのでこの3人は形を持った概念だと認識し始めこそ相手にはしなかったものの
みるみるうちに影響を受けます。
 
 
 
 
●同僚3人もそれぞれ「愛」「時間」「死」のどれかを失い喪失し追われている
 
 
内1人の親友は「愛」に悩みます。
これは完全に彼が悪いのですが不倫をして離婚し愛する娘にも嫌われているんですね。
 
2人目は女性で「時間」に悩みます。
彼女は自分の人生の多くをハワードの会社に尽くしています。それが原因で40近いですが今は結婚しておらず家族がいないことや精子バンクを使うか悩みます。
 
3人目は「死」です。
彼はハワード並みに辛いです。愛する家族もいて暮らしに困っていません。
しかし彼は病気に犯され末期の患者でそのことを家族に話していないのです。
せめて自分が死ぬ前に会社を立て直しまとまった金を残そうとします。
 
 
そしてなぜか同僚3人にそれぞれ舞台役者が2人1組のペアになって
ハワードを救う打ち合わせをしていきます。
 
愛に苦しむ同僚と愛に扮する舞台役者
 
時間に苦しむ同僚と時間に扮する舞台役者
 
死に苦しむ同僚と死に扮する舞台役者
 
事前に同僚たちの悩みを打ち明けてはないので悩みと扮するものが偶然の一致をしました。これは物語の演出というか遊びですかね
 
 
 
やがて打ち合わせをしていく中で同僚達もまたそれぞれの舞台役者から救いのきっかけを得ることになります。
 
 
●舞台役者の正体は?あれは実在する人なのか
 
ファンタジー入りまーっすぅっ♪
 
すいませんブラウザバックする読者様がいっぱい浮かんだので謝罪します。
 
 
救われていく過程が見どころ?となると思うので省きますが
急に舞台役者が実在するかってそんな話の兆候あったっけとなるでしょう
 
これは最後のシーンとあとPVがそんな匂いを出すんですよ。
最後にハワードと奥さんは結果的に娘を亡くした苦しみを共有しよりを戻し一緒に公園を散歩するのですが
 
小さい橋の下を通りハワードが振り返ると橋の上に舞台役者3人がこちらを見て微笑んでいます。それを見てハワードも微笑み前に向き直ります。
 
しかし今度は隣の奥さんが振り返り橋の上を見るとそこには誰もいません・・・
😱!!
 
ホラーや
 
 
いやあれ何だったんだろう
 
私なりにいくつか推測してみました
 
 
舞台役者3人が実在しないパターン
●3人は前述の3要素により深く悩んでいる人間にしか見えない妖精的な存在
 
実在パターン
●走って橋から逃げた。ハシだけに。御免なさい気は済みました
●単純に普通の舞台役者達
 
矛盾点、考察点
 
●舞台役者達はハワードを救う案件の報酬に金を要求した。妖精さんなら金はいらないはず?
●「愛」に扮した舞台役者は他にも舞台を掛け持ちしているらしい
=他にも妖精として救っている可能性も
●電車などに乗っている。物理的には触れているから乗れている
 
深く現実と設定を照らし合わせるタイプの映画ではないので思いついたのはこんなものです。
でも気になったので自分なりに考察しましたが妖精の出る可能性を考えたら何でもありになってしまって難しいですね。
 
 
 

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●何もかもうまくいく人生などない。総評
 
ハワードは娘を失い、その影響で心を深く閉ざします。
話しかけられても無視し、自殺行為に近いことをし、何に対しても無気力でしたがそれは彼も娘も奥さんもとても不幸な目にあったからです。
彼だけそれほどまでに心を閉ざしたのはきっと誰よりも家族を世界で一番大切にしていたからでしょう。
 
それを失って何もかもうまくいく人生はないと納得するのは無理があります。
 
それでもハワードは何かを納得しようと
働きはしませんが仕事場には毎日行き
自殺行為に近いことをしても決定的に死に直結する決断はしませんでした。
 
 
それは彼が自分を取り戻したいと深層では思っているからです。
 
 
いやぁ映画を見れば分かるのですがこのハワードの喪失感といったら相当なものですよ。もう娘の名を口にすることすらとてもじゃないけどできない。
 
そんなハワードにKY舞台俳優3人組はグイグイ行きます笑
あの3人好きですよ!
 
それでもほぼ終盤まで喪失感は消えませんでしたがね。
 
この映画は無理に展開を納得する必要はありません。
どんなに苦しい辛い出来事も人ごとに納得する方法や救いは異なります。
 
ハワードは現実を最終的には認めたので起きたことに対しての救いは起こったと私は判断します。
 
ただあれだけ苦しんでたものがこれで救われるという過程には疑問を持ちます。
 
ではこの辺で
読んでいただいた方はありがとうございます!!